有機合成化学を学ぶには、実際の現場で使われている反応を勉強するのが一番です。
このシリーズでは、複雑な天然有機化合物の全合成を元に、実践で使える有機化学を学んで行きましょう。
第一回はsizukaol Eの全合成からの問題です。
記事の最後にはこの問題のもととなった論文を紹介していますので、更に深く知りたい方はチェックしてみてください。
では、まずは問題編から。
問題編
問題1
次の反応式の中間体2, 7と試薬4の構造式を示せ。

問題2
次の反応式の中間体11, 13の構造式と反応Aの反応機構を示せ。

問題3
次の反応式の中間体15, 16の構造を示せ。

解答編
それでは解答と解説です。
問題1の解答
・中間体2

最初の反応はオレフィンに対するヒドロホウ素化です。
9-BBNを用いた一般的な条件が用いられています。
その後、シリカゲル(SiO2)に吸着させたFeCl3を用いたアセタールの加水分解反応により、ケトンを脱保護しています。
その後、ヒドロホウ素化で生じた水酸基をTBS基で保護し、化合物2を得ています。
2→3の反応は、Bredereck試薬[5815-08-7]を用いたケトンα位のメチレン化と、ローズベンガルを光増感剤として用いた一重項酸素によるエナミンの酸化的開裂反応です。
・試薬4
山口マクロラクトン化の条件でホスホン酸エステルを有するカルボン酸4と縮合しています。

2,4,6-trichlorobenzoyl chloride[4136-95-2]とカルボン酸の縮合により、酸無水物aが生成しますが、この中間体ではベンゼン環o位の2つの塩素原子の立体障害により、もともとカルボン酸だった側のカルボニル基に対して選択的にDMAPが付加します。
一方、塩基性条件下で、1,2-ジケトンのエノール化が進行します。

アシルピリジニウム中間体bとエノールが反応することで、中間体5と6が生成します。
2つのケトンのうちどちらがエノール化するかにより、生成物は中間体5と6の二種類になりますが、そのうち中間体5が続く反応に用いられています。
・中間体7

ここでは、ホスホン酸エステルとケトンとの分子内Horner-Wadsworth-Emmons (HWE)反応により中間体7が得られています。
問題2の解答
・反応Aの反応機構
化合物8のα, β-不飽和ケトンに対するオスミウム酸化と、水酸基のTBS保護により、化合物9とし、これに対してイノラートの求核付加とシリル基の転位反応、分子内環化反応が起こっています。
反応機構はこのように考えられます。

アルコキシドhからシリカートiを経由して、TBS基の転位が起きているのがポイントです。
その後は、ケテンとアルコキシドの分子内環化反応が起こり、中間体10を与えています。
・中間体11
ケトンγ位のプロトンがDBUにより引き抜かれて起こるE1cB脱離です。

・中間体13
中間体11の最も電子豊富なオレフィンがmCPBAにより酸化され、エポキシド12となります。
中間体12のアルコールの対して、Martin sulfurane[32133-82-7]を作用させることで、脱離反応によりオレフィンを形成しています。

中間体nからアルコキシドが脱離し、これが塩基として作用します。
Martin sulfuraneは第二級と第三級のアルコールの脱水に使用できることも覚えておきましょう。
問題3の解答
合成した化合物7と13のDiels-Alder反応により化合物14を得ています。
この工程ではラジカル捕捉剤として、dibutylhydroxytoluene(BHT)を添加することで、副反応を抑制しているものと思われます。
・中間体15

まず、HFにより、TBS基を除去し、メトキシドイオンによるラクトンの開環とエポキシドの開環により中間体rが生成します。
この中間体rの第一級水酸基を無水酢酸によりAc化することで中間体15を得ています。
・shizukaol E (化合物16)
いよいよ、全合成に向けた最後の工程です。
水酸基の立体反転を行っています。
立体障害が大きいため、苦労したようですが、Dess-Martin酸化によるケトンへの変換と、Zn(BH4)2によるケトンの還元を経て、sizukaol Eの全合成を達成しています。

Dess-Martin酸化では、Dess-Martin periodinane(DMP)から生じる酢酸を中和するため、重曹が添加されています。
Zn(BH4)2はハードな還元剤で、ケトンの1,2還元を優先して行えます。
おわりに
いかがだったでしょうか。
Shizukaol類はHIVやHCVの増殖を抑制する作用がある天然物群です。
今回の問題はXiao-Shui Pengらによって報告された論文を元にしています。
Total syntheses of shizukaols A and E
Jian-Li Wu, Yin-Suo Lu, Bencan Tang, Xiao-Shui Peng
Nature Commun. 2018, 9, 4040.
DOI: 10.1038/s41467-018-06245-7
この論文では類縁体のshizukaol Aの全合成についても報告されているので、是非読んでみてください。