アミド結合はアミンとカルボン酸が脱水縮合した形の官能基で、医薬品や天然物などのあらゆる化合物に見られる構造です。
このアミド結合を作る方法は最近でも新しい方法が次々と開発されており、まだまだ発展する余地を残しています。
一方で、縮合剤を用いた脱水縮合反応は、アミド化合物の合成に古くから用いられています。
アミンとカルボン酸という2つの成分を簡単に連結できるため、医薬品開発でも多用される反応形式です。
今回は、このアミド縮合に利用される縮合剤の性質と、選び方についてまとめます。
縮合剤とは
説明するまでもないかもしれませんが、縮合剤として利用されている試薬はカルボン酸と反応し、カルボン酸を活性エステルへと変換する役割を持っています。
活性エステルのカルボニル基は縮合剤由来の良い脱離基が結合しているので、求核剤であるアミンと素早く反応し、対応するアミド化合物を与えます。
反応機構の一般式を書くと以下のようになります。

ここでXは縮合剤由来の脱離基になります。
さて、このように一般化すると何も難しいことはないように感じられますが、これまでに想像以上に多くの縮合剤が開発されています。
それだけ、アミド縮合が一筋縄ではいかないことを示しているとも言えるでしょう。
では、代表的な縮合剤であるカルボジイミド系の縮合剤から紹介していきます。
カルボジイミド系縮合剤
N=C=Nという結合を持つカルボジイミドは、炭素原子が求電子性を持っています。
この炭素原子に、負電荷を帯びたカルボン酸イオンが求核付加することで、カルボン酸が活性化されます。

この活性エステルは、ウレアを脱離基をして有している構造のため、アミンと速やかに反応し、対応するアミドを与えます。
この活性エステルは、反応せずにいると転位反応が進行してN-アシル体に変化します。

このN-アシル体ではカルボニル炭素の求電子性が低下するため、アミンとの反応が進行しなくなる場合があります。
これが、カルボジイミド系縮合剤を使う際の一つの問題点です。
これは、後に説明する縮合補助剤を添加することで、抑制することができます。
よく使用するカルボジイミド系縮合剤を紹介しておきます。
ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)

DCC[CAS: 538-75-0]は古くから使用されている固体の縮合剤です。
反応後に副生するウレアが除きにくいという問題がありますが、溶媒によっては固体として除くことも可能です。
ジイソプロピルカルボジイミド(DIC)

DIC[CAS: 693-13-0]は、DCCのシクロヘキシル基がイソプロピル基に変わったタイプのカルボジイミドです。
DCCとは異なり液体で、有機溶媒に対する溶解性が高いのが特徴です。
試薬を必ず溶解させる必要がある、ペプチド固相合成法でカルボジイミドを使用する場合はこのDICを用いるのが一般的になっています。
1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDCI)

EDCI[CAS: 25952-53-8]はカルボジイミドのアルキル基の末端に第三級アミンを有するカルボジイミドです。
通常固体の塩酸塩が使用されます。
このアミノ基は反応には関与しないため、カルボン酸の活性化はDCCやDICと同様の機構で起こります。
この縮合剤は、第三級アミンを持っているので、縮合剤そのものや反応後に副生するウレアを1 M HCl等の酸で分液することでで簡便に除くことができるという特徴を持っています。
特に理由がなければ筆者はこのEDCIをファーストチョイスとして用いています。
ちなみに、塩酸塩でないもの[CAS: 1892-57-5]も市販されており、こちらは油状物質になっています。
縮合補助剤
縮合剤を使用した反応で、中間体の反応性を調節するために縮合補助剤を添加する場合があります。
縮合補助剤の目的は
①反応性を下げて、副反応を抑制する
②反応性を上げて、求核性の低い求核剤と反応させる
という主に2つです。
副反応の抑制としては、カルボジイミドを用いた際のN-アシル体の生成を抑制する点とアミノ酸縮合時のエピメリ化の抑制が重要です。
すでに説明したとおり、カルボジイミドを用いると、活性エステルは次第に反応性の低いN-アシル体へと変換されます。

縮合補助剤は活性なO-アシル体と速やかに反応し、N-アシル体に変換される前に新たな活性エステルを生じます。
生じた活性エステルは、次にアミン等の求核剤と反応し、目的の生成物を与えます。
この活性エステルの反応性は縮合補助剤により異なるため、どの縮合補助剤を用いるかで反応できる求核剤に影響が出ることになります。
次に、アミノ酸のエピメリ化についてですが、一般に窒素原子を保護したアミノ酸を活性エステルに変換すると、分子内での環化反応が進行し、オキサゾロンを生成します。

このオキサゾロンのカルボニルα位は脱プロトン化により芳香族化するため酸性度が高く、この環化が起こるとラセミ化が容易に進行します。
縮合補助剤は活性エステルの反応性を低下させることで、この環化反応を抑制することができます。
なお、オキサゾロンの生成は窒素原子がアミドで保護された場合に起こりやすく、カーバメートで保護された際は起こりにくくなります。
このため、ペプチド合成ではBoc基やFmoc基等のカーバメートで保護されたアミノ酸を使用するのが一般的になっています。
以上のような働きをするためには、
①カルボジイミド等によって生成する最初の活性エステルに対して迅速に反応する求核性
②アミンと速やかに反応する高い脱離能
の2つを満たす必要があります。
脱離能と求核性はトレードオフの関係にあるため、両方を満たすためにN-O結合やN-N結合のα効果を狙った化合物が利用されることが多いです。
それでは、代表的な縮合剤補助剤の特徴を紹介します。
1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)

HOBt[CAS: 80029-43-2(1水和物)]はアミノ酸の縮合でよく利用される縮合補助剤です。
水和物として市販されており、少量の水が存在しても問題なく反応を行うことができます。
反応性としては様々な意見がありますが、筆者の感覚としてはカルボジイミドよりも若干反応性が低下すると感じています。
アミノ酸のエピメリ化を抑制しつつ縮合反応を進行させるためのちょうどよい反応性を持っています。
デメリットとしては、第二級アミンの場合は反応が遅く、うまく縮合できないことが多いことです。
この場合は後述するHOAtを使用するとよいと思います。
HOBtの活性エステルはカルボジイミドの場合と同様に時間が経つとO-アシル体からN-アシル体に変換され、反応性が低下します。

このため、求核剤の反応性が低く反応の進行が遅い場合はN-アシル体になり反応が止まってしまう場合があります。
1-ヒドロキシ-7-アザベンゾトリアゾール(HOAt)

HOAt[CAS: 39968-33-7]はHOBtのベンゼン環をピリジン環に置き換えた縮合補助剤です。
この試薬はアミンとの反応に極めて効果的です。
この理由はピリジンの窒素原子が求核剤となるアミンと水素結合を形成して、アミンをカルボニル基の近傍に近づける効果によると考えられています。

このため、この試薬はアミンの縮合には効果的ですが、アルコールとの反応はそこまで促進しません。
立体障害の大きい第2級アミンとの縮合にはEDCIとHOAtを組み合わせた方法が有効なので、是非試してみてください。
N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS, HOSu)

NHS[CAS: 6066-82-6]はHOBtよりも反応性が低い縮合補助剤です。
反応性が低いので、加水分解を受けにくく水中でも利用することができるのが利点です。タンパク質の修飾にも利用されたりしている試薬です。
また、他の活性エステルと異なり、カルボキシラートイオンと反応しないため、カルボン酸とアミンが共に無保護となっているアミノ酸を求核剤として使用することができます。
同様の用途でペンタフルオロフェノール[CAS: 771-61-9]も使用できるので合わせてチェックしておきましょう。
Oxyma

Oxyma[CAS: 3849-21-6]は比較的新しい縮合補助剤で、立体障害の大きい基質でも縮合を行うことができます。
その活性エステルの反応性はHOAtの活性エステルにも匹敵すると考えられています。
Oxymaはその構造的に、HOBtやHOAtで反応性が低くなる要因のN-アシル体が生成しないため、長時間に渡って高い反応性を保つことができるのもこの試薬の良さの一つです。
難しい縮合においては、縮合剤のCOMUと組み合わせて用いると有効です。
エステル結合形成にも使用できる縮合補助剤
ジメチルアミノピリジン(DMAP)

DMAP[CAS: 1122-58-3]は求核触媒としても利用される代表的な縮合補助剤です。
酸無水物や、カルボジイミドから生成した活性エステルと反応して高活性なアシルピリジニウム中間体を生成します。
このアシルピリジニウムはアルコールとも反応するので、アミドだけでなはくエステルの合成にも利用可能です。
N-メチルイミダゾール

N-メチルイミダゾール[CAS: 616-47-7]はDMAPと同様の目的で使用できる液体の縮合補助剤です。
中間体のアシルイミダゾリウムは優れた求電子性を示します。
N,N-ジメチル-4-アミノピリジン N-オキシド(DMAPO)

DMAPO[CAS: 1005-31-8]はDMAPのN-オキシドにあたる試薬です。
酸素原子が求核性を持っており、この試薬もエステル結合の形成に用いることができます。
縮合補助剤を組み込んだ縮合剤
カルボジイミド等の縮合剤と縮合補助剤を組み合わせた縮合方法は、反応性を調節する上で便利な方法です。
しかし、複数の試薬を用いるのは手間がかかるためできれば一つの試薬で済ませたいものです。
このような観点から開発されたのが、カルボン酸の活性化と縮合補助剤による活性エステルへの変換を同時に行うことのできる縮合剤です。
このような縮合剤は分子内にカルボン酸を活性化する部分と縮合補助剤を持っているため、構造式を見ればすぐにわかります。
それでは、このようなタイプの縮合剤についてオススメのものを紹介していきます。
(正式名称は長いので以下は略称で紹介します)
HBTU

HBTU[CAS: 94790-37-1]は縮合補助剤のHOBtが組み込まれたタイプの縮合剤です。
まず、グアニジニウム部分がカルボン酸と反応してカルボン酸を活性化するとともに、HOBtが生成します。
このHOBtが活性エステルと反応することで、HOBtの活性エステルが生成します。
この縮合剤はウロニニウム体とグアニジニウム体の平衡にありますが、反応性の低いグアニジニウム体が大部分を占めることがわかっています。

また、生成するHOBtの活性エステルは時間が経つと、反応性の低いN-アシル体に変化するので、活性化後にあまり時間を置かないようにするのもポイントです。
HATU

HATU[CAS: 148893-10-1]はHBTUのHOBt部分がHOAtに変わったバージョンの縮合剤です。
基本的にはHOAtを使用する縮合条件と同様で、第二級アミンの縮合に適しています。
筆者は同じ反応をEDCI/HOAt系とHATU系で比較したことがありますが、HATUを用いた場合の方が収率が良かった経験があります。
HBTUやHATUはカルボン酸を活性化する役割を担っていますが、アミンが存在すると、アミンとも反応することがあります。
具体的にはアミンのテトラメチルグアニジル化を起こすため、環化反応等アミン存在化で反応を行う場合は注意が必要です。

このため、HBTUやHATUを使用する際は過剰の試薬が残らないように、カルボン酸に対して等量使用するのが一般的です。
過剰量の縮合剤を使いたい場合はカルボジイミド/HOBtの条件か、後述するPyBOPを使用しましょう。
PyBOP

PyBOP[CAS: 128625-52-5]はHOBtがリン原子と結合した縮合剤です。
正電荷を帯びたリン原子に対してカルボン酸イオンが付加求核置換反応を起こすことで、カルボン酸を活性エステルへと変換します。
HBTUとは異なり、アミンと副反応を起こしにくいため過剰量使用することができるメリットがあります。
PyBOPのHOAtバージョンの試薬はPyAOP[CAS: 156311-83-0]で、これも同様に使用することができます。
COMU

COMU[CAS: 1075198-30-9]は縮合補助剤のOxymaを組み込んだ縮合剤です。
Oxymaの特徴であるN-アシル体が生成しないという特徴を引き継ぐため、立体障害の大きい基質であってもスムーズに反応が進行します。
ウロニウム部分の構造にモルホリンを有するのが特徴で、この部分を導入することにより各種特性が向上するようです。
おわりに
アミド縮合に一般的に使用される縮合剤を紹介しました。
最後に、各縮合剤の特徴をまとめておくので縮合剤を選ぶ際の参考にしてみてください。
(筆者の使用する頻度の順に並んでいます)
縮合剤 | 特徴 |
---|---|
EDCI/HOBt | 液相合成のファーストチョイス |
HBTU/HOBt | ペプチド固相合成のファーストチョイス |
EDCI/HOAt | 難しい液相での縮合に |
HATU/HOAt | 二級アミンの固相合成での縮合 |
PyAOP/HOAt | 過剰量使用可能で高性能な縮合剤 |
COMU/Oxyma | 難しい縮合に使用 |
この他にも時折使用するマニアックな縮合剤は数多くあり、これらについても紹介したいのですが、それはまた別の記事にまとめたいと思います。